黄色い菜の花が咲き誇り、春はもうすぐそこまで来ています。
北浦の湖岸道路に接した公園で桜の名所として知られています。
全長500m、桜の木80本、菜の花畑を有する公園です。
時期になると満開の桜と菜の花が同時に楽しめ、
桜と菜の花の間にある遊歩道の桜トンネルが楽しみ。





田舎暮らし満喫中
黄色い菜の花が咲き誇り、春はもうすぐそこまで来ています。
北浦の湖岸道路に接した公園で桜の名所として知られています。
全長500m、桜の木80本、菜の花畑を有する公園です。
時期になると満開の桜と菜の花が同時に楽しめ、
桜と菜の花の間にある遊歩道の桜トンネルが楽しみ。




鹿嶋城跡公園の一角に記念碑があるのだけれど、
公園の規模がすごく、桜の名所となるほど整備されていて、
記念碑以外には城跡としての面影がないが、
人々に愛されている公園なんだと感じる事が出来た。









常陸平氏の鹿島政幹が平安末期に築いた城である。それ以降鹿島氏の居城となった。本丸の跡地は現在、鹿島城山公園として市民の憩いの場になっている。 築城以来、改修や拡大をつづけてきたが、特に知られるのは鹿島義幹による大改修といわれる。 かつて鹿島城の縄張りの東端は現在の鹿島神宮二の鳥居のあたりまでであったという。
現在実質的な鹿島神宮の表参道である大町通りは往時の鹿島城内であり、中世においてはここで流鏑馬がおこなわれていたという。天正年間に常陸平氏の国人領主たちが佐竹氏に虐殺されたいわゆる「南方三十三館の謀殺」後に、佐竹氏は鹿島城に兵を差し向け、これを落城させた。佐竹氏は鹿島城の跡地に陣屋を築いたという(鹿島神宮文書)。
徳川幕府が成立すると、佐竹氏は国替えになり、元の鹿島氏が再興した。 現在の国道51号線と茨城県道18号茨城鹿島線が交わる鹿島小学校前の交差点の付近に鹿島城の大手門があったと伝わっている。じつに国道51号線は大船津から鹿島神宮に至る道があったのでこれを圧迫する作用もあり、51号線を通す際に空堀を埋めて道路を造った。
また県道18号線の鹿島城の縄張り内をとおる部分には鹿島城の堀があったという(鹿島城は二重、三重に掘があったとされる)が江戸時代にはいって「平和の時代には不要」として埋められた。
ウィキペディアより引用
城跡と思われる小高い平地はかなり広くて
かなり壮大な権力者なんだろうと想像できる。
そしてここからの眺望がまた素晴らしい。






北浦大橋のたもと付近の丘の上に見つけました。
県道18号線から上がって行くと案内看板があって、
さらに上に続く階段が整備されています。
登り切った大地の更に小高いところが城跡でしょうか。
その周りには空堀がめぐらされていました。







津賀氏は、 1524年(大永4年)には高天原(たかまがはら)で鹿島城の宿老・松本尚勝と戦い、これを破ったとされています。 なかなかの武闘派だったんでしょうね。
鹿島・鉾田の地名には、そこに住んでいた武家や豪族の名前がつけられています。はじめは 人の名前っぽい地名だなと思いましたが、実はそういうことだったんですね。
歴史の有名人にちなんで地名をつけるとは、なかなか粋なことだと感じました。
田舎暮らし・このエリアで絶対外せないのがこの「鹿島神宮」
晴れた朝に行ってきました、どれも規模が大きくて圧倒され、
大鳥居をくぐると楼門・そして本殿・荘厳な気持ちに。
参道を歩くと心が落ち着いて木立に抱かれた印象を持ちます。
ゆったりとくつろぐ神と崇められる鹿・その近くには「さざれ石」
まだまだスポットは沢山あるけど疲れたので今回はこの辺で。










東京からの帰りに寄り道してみました。
この大きさと斬新なフォルムに圧倒されますね!!!
ゲームがある日しか利用されない臨時駅
「鹿嶋サッカースタジアム駅」今はひっそりとしていますが、
ゲーム開催日は、たぶんごったがえしているんでしょうね。




あいにくの曇り空でしたが出掛けてみました。
ラパンハウスから10分弱の所で
①このひっそりとした道の先に梶山古墳が有ります。
②樹々で覆われ小高くなっているのが古墳。
農地開発で削り取られ当時の五分の一程の高さだとか。
③案内板によると、ここが梶山古墳群の中心とあるので、
多くのものは農地になったようです。
④石室発掘跡地・・・多くの埋蔵品が出土したようです。
⑤古墳の守り神のような大木の桜
⑥道の反対には桜並木が古墳を守る兵士のようでした。






———- 鉾田の歴史について 鉾田市教育委員会の資料を引用 —————–
鉾田市は、土地柄大昔から歴史のある地域でもあります。
1.1万年続いた縄文時代から弥生時代、奈良時代まで
鉾田川や巴川の近くに早くから人が住み始めました。土器や埴輪から、豊かな暮らしぶりがわかっています。北浦の周りには、前方後円墳がみつかっています。鉄が蒲田で作られていました。豪族がこの地域には沢山住んでいたこともわかっています。
2.自然が多い鉾田市には城跡が多い
鉾田市がある鹿行地域は、舌状台地と言われ小高い台地に沢山の城跡があります。508年前に、徳宿合戦や樅山(もみやま)合戦があったのは有名です。昔の城の周りは急な斜面に「しゃが」が植えられてました。しゃがはつるつるな葉で、敵が滑り落ちるのを狙って植えられたと思われています。
とまぁ、縄文時代から栄えていた土地だったとはまったく知りもしませんでした。
住んでみないとわからない事って、沢山有りますね。
この間の湖畔沿いの桜並木は、安塚公園でした。
昨日ゴミ処理センターへ行って敷地の周りに桜の大木がずらり
春が楽しみです。


とにかくスゴイ数。カモの群れ・・・
いやいや大群岸の向こうまでいっぱい。
パンをちぎってあげていたご婦人に襲い掛かるようなほどの光景に唖然。
路上に群れている所を車がそろりそろりと通過する様は確かに保護区です。
餌を持たない女の子には穏やかに群れていました。





潮来市の税務署へ行った帰りに
こんな看板が目にとまり早速行ってみました。
北浦の湖畔にあるのですが、行ってみたら居ました居ました、
白鳥がゆったりと優雅に、カモがすいすいと皆で、
ユリカモメが白くて可愛い。
でもその数が・・・・・スゴくて・・・
https://www.travel.co.jp/guide/article/8265/
場所は、こちらです。




